友人を作らなかったら起こること経験談

 今回は、私の経験談を語りたいと思う。タイトルにもある通り、私はとある時期(学生時代)から友人を作ることをやめた。なぜなら、私と志を共にするような人がいなかったからだ。

例えば、難関大学に進学する目標を立てたなら、付き合うべき人は、同じ志を持っている人と時間を過ごしたほうがいいに決まっている。

同じ志なら、勉強をするのに遊びに行ったり、迷惑なことはしないしお互いの存在が勉強する強制力になる。当時の私が私と高い志を持つ人を見つけられなかった理由は、定期テストの提出期限を守らなかったり、そもそも出された課題をやっていなかったりして、空欄になっている問題を赤ペンで答えを書き写したりしていた。

私には不真面目さが大胆に丸出しに思えてきた。皆様は、こんなことをする人たちと仲良くなりたいですか?私はなりたくありません。自分も同じ土俵に立ち、同じボートで沈みたくありませんから。

そんな人たちと生活するなか、事件が起こった。その事件とは、倫理や正義の問題として意見が割れる[トロッコ問題]だ。

内容は、暴走トロッコを目の前にして、自分の手で多数の人の命を犠牲にして一人の命を救うか、一人の命を犠牲にして多数の人の命を救うかという正義や倫理の問題だ。

私の予想は半数に意見が分かれるのではないかと思ったら、大多数が一人の命を犠牲にする方を選んだ。そこで私が思ったことは、議論になることが怖いのか、和を乱すのが怖いのか、何も考えていないのかだ。

絶対何か考えていたら、意見が割れるのではないかと思った。私がおかしいのか、ほかがおかしいのか分からない。そこから、私は友達を作らなくなり、だんだん人と距離を取るようになった。

そこから、月日が流れ、とあることが起こるようになった。それは、極端に人に会うのがいやになる、会話がスムーズにならなくなる。最大の気づきが、頭の回転が遅くなった。

よく漫画等で一人でも成績が高いということをみるが現実にはそんなことは起こるはずがないと思った。現実にも学生時代に友達を作らなかったという人がいるが、どうやってグループ活動していたりしていたのだろうか?

嫌々ながらしたくもないことを断らずに、自分の気持ちや考えを押し殺し従っていたのではないかと思う。

もう私は自分の考えを押し殺すのは嫌だ。議論する世界にいきたい。

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